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【わたしとくらし】曹洞宗 桃源山 養廣寺 副住職 乙川大樹さん(前編)

新潟日報sumica編集部

新潟で活躍する人の仕事やくらしを紹介する「わたしとくらし」コーナー。
今回は、阿賀野市にある養廣寺(ようこうじ)の副住職・乙川大樹(おとがわ だいじゅ)さんに話を聞きました。

養廣寺

乙川 大樹さん 副住職

1988年生まれ。阿賀野市(旧京ヶ瀬村)出身。
駒澤大学仏教学部を卒業後、曹洞宗大本山總持寺(横浜市鶴見区)で修行。3年半の修行を経て実家である養廣寺へ戻る。2017年から宝来寺(阿賀町)住職に就任。食べ歩きの趣味が高じてInstagramを開設。フォロワーは15, 000人超(2023年12月現在)。

現在の仕事内容について教えてください

山門の奥には本堂、その両脇には坐禅堂と寺務所があり、当初の形態を今に残している(画像提供:養廣寺)

養廣寺(ようこうじ)という曹洞宗のお寺の副住職をしています。

また、阿賀町にある宝来寺(ほうらいじ)の住職も兼務しています。

皆さんが想像しているように、お墓の管理や、葬儀・法事で仏さまをご供養させていただくほか、当寺では坐禅体験や寺ヨガなども行っています。

とても歴史のあるお寺ですね

この場所は、1532年(天文元年)に建てられた「華蓮寺(かれんじ)」というお寺だったのですが、1627年(寛永4年)に新たに開山された際に「養廣寺」と改称したのが始まりです。

私の父である現在の住職で第27世となります。

歴史を感じる本堂は、1804年(文化元年)に建てられたもので、地震による倒壊などからも復興し現在に至る。丸窓障子や床の埋め木など粋な造りがそこかしこに垣間見える

お寺に生まれた乙川さんですが、人生の転機はありましたか?

祖父も立派な僧侶でしたし、子どものころから何となく「そちらにいかねば」という気持ちはずっと持っていました。

思春期の頃は、毎日のように「寺を継げ」と言われていたこともあり反発する気持ちもありましたが、自分の前に敷かれたレールを自然と進んできた感じなので、転機というほどのものはないかもしれません。

本堂から山門側を望む。静ひつな時の流れを感じる空間

ただ、僧侶になるんだということを強く意識し始めたのは、大学への進学ですね。

駒沢大の仏教学部に進まれたんですよね?

小・中学生の頃は、地元のサッカークラブに所属していました。

フットサルの全国大会では優勝も経験したので、サッカー関係で県外の強豪校へ進学する仲間もいたのですが、私は駒沢大への進学を考えて別の高校を選びました。

きっとその頃から僧侶になることを現実的に意識し始めたのだと思います。

大学の仏教学部は寺の息子が多く、同じ境遇の仲間と学んでいくことでいよいよ覚悟が決まったという感じですね。