建築で、日本のまちなみを変える。建築家・渡辺さんが語る北京でのキャリア、ものづくりへの愛
今回取材させていただいたのは、株式会社石田伸一建築事務所(SIA inc.)(以下 SIA inc.)で建築設計をしている渡辺宣一さん。
新潟県を拠点としながら、オフィスを持たない「ノマドアーキテクト」がSIA inc.のスタイル。
本日は渡辺さんの自邸にて、これまでのキャリアについて伺いました。
現在の建築設計やデザインに活きている北京時代の設計のご経験から、家づくりのこだわりまで。
広い視野で建築の未来を見つめ続ける、渡辺さんの魅力に迫ります。
(聞き手・小林紘大/小野寺 美咲)
<渡辺さんの略歴>
- 2009年:長岡造形大学 造形学部 環境デザイン学科 建築デザインコース 卒業
- 2011年:長岡造形大学 大学院 造形研究科造形専攻 修士課程 建築学領域 修了
- 2011年:北京新領域創成城市建築設計諮詢有限責任公司UAA(Urbanization Architecture Atelier)
- 2013年:株式会社キューブデザイン
- 2016年:株式会社一世紀住宅
- 2018年:株式会社石田伸一建築事務所(SIA inc.)
建築の幅と可能性に魅せられた学生時代
渡辺さん(以下敬称略) 子供の頃の僕は、暇さえあればセロテープと牛乳パックで何か作っていました。
自分で手を動かして何かを形にしていくのが、楽しくってしょうがなくて。その頃から「自分は将来、何かをつくって生きていく」という予感がありました。
そんな渡辺さんは、中学時代にロボット工学に興味を持ち、地元の長岡工業高等専門学校に進学することを考えました。
しかし周囲のすすめで、普通科の新潟県立新潟南高校に入学。
進路が違えていたら建築家にはなっていなかったと、懐かしそうに当時を振り返ります。
高校進学後、渡辺さんの興味は変化し、こんな風に考えるようになります。
「人が作れるものの中で、一番大きく、そして社会に影響を与えられるのは、建築物ではないだろうか」。
そうして、長岡造形大学に入学することを決めました。
当時の渡辺さんは、長岡造形大学の山下秀之教授率いる「山下研究室」のものづくりを知り、衝撃を受けたと言います。
渡辺 山下研究室の専門分野は「建築意匠」。僕はそれまで、街中に建てられている建物だけが建築物だとばかり思っていました。
けれど研究所の卒業設計展に行ったとき、「建築にはこれだけの幅と可能性があるんだ」と感動しました。
それが、建築にのめり込むようになったきっかけでしたね。
大学卒業後、同じく長岡造形大学の大学院に進学。
その2年後の平成23年、新卒で中国・北京にある建築設計事務所への入社を決めました。
大きな決断でしたが、渡辺さんの中には「いつか日本の住宅を建築する」という強い目標がありました。
そのために一度日本を出て、俯瞰的に自国の建築や文化を見つめたい。そんな想いを抱いて、奥様と共に北京に渡りました。
アグレッシブな北京での建築経験
北京では、日本では考えられないスケールの大きさと、アグレッシブで心優しい人々の熱気に大いに刺激を受けることとなりました。
ハングリー精神に溢れていて、裏表のない中国人の考え方は、自分に合っていたと、渡辺さん。
もともと人と関わることが好きで前向きな性格が、北京での経験で一層磨かれていきました。
渡辺 北京での経験は、現在の考え方や仕事の進め方にも大きく影響しています。
たとえば、お施主様との打ち合わせの時。中国人は裏表なく、なんでもハッキリ言うんです。だから僕も同じように、余計な忖度はせずに思ったことを伝えます。
コミュニケーションを省略してしまったことで、後々生まれるボタンの掛け違いが大きなロスに繋がるので、伝えるべきことはきちんと口にします。
約2年の勤務の中で多くの学びを得たものの、中国では政治的要因から、着工していた案件が頓挫してしまうことも少なくありませんでした。
そういった状況を鑑みて「最後まで自分の手で建築物をつくりあげたい」という気持ちが大きくなってきた頃。
第一子の誕生をきっかけに、渡辺さんは退職し、帰国することを決めました。
「日本のまちなみを変えたい」という想いが繋がった
北京はもちろん、各社での経験が今の自分をつくりあげていると、渡辺さんはしみじみと語ります。
会社の体質によって、使われる言葉や使用ツールは異なるもの。
さらに規模の違いによって、トラブルへの対処方法も変わってきます。
同じ業界であっても、新しい環境に飛び込むたびに摩擦を感じることもあったそう。その都度学びを得て、技術を身につけていきました。
渡辺 建築をやる上で一番大変なのは、この摩擦の解消だと思っています。
解消のためには、各セクションを調整しなくちゃならない。大きな会社であればあるほど、営業担当から現場の職人に至るまで、全く違う目線の方が同じ建築物に関わっています。
取りまとめる役目として、摩擦を最小限にするためにそれぞれの言語を理解して翻訳して伝えたり、すり合わせたり。この調整業務には、終わりがありません。
「この大変な業務こそが、やりがいだと思っています。いずれAIにも設計図は描けるようになるかもしれないけれど、調整だけは、僕たち人間にしかできない」と、渡辺さんは力強く語ってくれました。
現在SIA inc.の代表を勤める石田さんと出会ったのは、帰国後。
株式会社キューブデザインで現場監督兼設計として念願だった日本の住宅建築に携わり、3年が経とうとしていた頃でした。
渡辺 僕はずっと「建築というものづくりを通して日本のまちなみを変えたい」と考えていました。
今ある自然を守りながら、まずは新潟から、自分たちの力でまちなみを変えていくことはできないかと思い続けていたんです。
諸外国に比べて、自然豊かで美しい日本のまちなみ。にもかかわらず、建築がまちなみを形作る重要な意味を持っていると認識していない作り手の多さが、業界の大きな課題だと考えていた渡辺さん。
長年、気候や風土、地域産業など「目には見えない土地の文脈」を考えずに住宅が乱立してしまっていることへの疑問を感じていました。
石田さんは全く同じ想いを抱いており、出会ったその日に意気投合。
それがきっかけとなり、石田さんが率いる株式会社一世紀住宅への転職を決意しました。
新潟から、自分たちの手でまちなみを変えていく
そして、2018年。
石田さんのSIA inc.立ち上げをきっかけに、渡辺さんもジョインすることに。
コロナ禍に突入する以前から、初期費用を抑えるためにオフィスを持たない「ノマドアーキテクト」スタイルで業務を進めていきました。
今でこそ当たり前になってきた、紙からデータへの移行を一足先に行っていたおかげで、コロナ禍での働き方の変化や混乱もほとんどなかったと言います。
これまでの経験も活かしながら、コアメンバーとしてより経営に直結した視点で建築と向き合うようになった渡辺さん。
立場としてはサラリーマンでありながらも、歯車の一つではなく自分たちの手でダイレクトに会社という船を動かしているような感覚……。
目まぐるしくもやりがいに溢れた毎日が過ぎていきました。
渡辺 新潟から日本のまちなみを変えていきたい、という想いは、今も変わることはありません。
そのために、一人でも多くの方の暮らしを整えていきたいと考えています。
家づくりで大切にしている「偏り」とは
家づくりのこだわりについても、渡辺さんにお話していただきました。
渡辺 家を設計する時に僕が気をつけているのは、必ず空間に「偏りを持たせる」こと。偏りと言うとネガティブな印象を受けるかもしれませんが、非常にポジティブな意図があります。
というのも、単に整理された家を作っても予定調和のことしか起きないので、その空間らしさを味わい尽くせないと思っていて。
偏りを持たせた設計にすることで、その家ならではの体験ができる空間ができあがるんです。
渡辺 たとえば僕が設計したうちの家でいうと、全開口可能な約5.4mの窓をつくっています。
これは「家と庭を近づけること」に偏りを持たせた結果です。
こうした偏りによって、アイコニックなエリアが生まれ、一層空間に愛着が持てるようになると、渡辺さんはイキイキとした表情で語ってくれました。
これから家づくりをはじめる方へ
最後に、注文住宅を検討されている方に向けてメッセージをいただきました。
渡辺 家を建てると決めた方は、「生活の中でどんなことをして、楽しみたいのか」。
これだけをじっくり考えて、僕たちに教えてください。あとはプロとして、僕たちが住みやすい家を形にします!
色々な住まいの選択肢がある中で、注文住宅を検討されるお客様には「その家でどんな風に過ごしたいか」という理想があると思います。
今だけでなく、未来の自分の暮らしのことも踏まえながら理想を教えて欲しい、と渡辺さんは話してくれました。
SIA inc.は、YouTubeや石田さんのnoteをご覧になって、理念に共感してお問い合わせをくださる方がほとんどだそうです。
僕たちはこれからも、楽しみながら試行錯誤していきます。一人でも多くの方がこの想いに共感し、建築の可能性を感じてくだされば嬉しいです。